HOMEへ   2002年12月1日  
 
 
韓国で考えたこと 弁護士 木村 真実
 僕が韓国で感じたことを少し書いてみたい。
 僕は、いかなる意味の暴力も否定的に考えるという意味で、平和主義者である。この考えは、社会一般では冷遇されているとはいえ、日本では同志も少なくない。しかし、韓国では、この考え方に賛同を求めるのは困難であろうことを感じた。
 朝鮮民族は、元の命令で日本を攻めたことを除けば、自ら侵略したことはない。その歴史は、侵略者との闘いの歴史である。ソウルからバスに1時間半ほど揺られて行った江華島は、元の侵略を防ぐために築かれた防塁の跡が残っていた。国立中央博物館には、秀吉の出兵が文化に与えた影響が解説されていた。近代の景福宮には清やロシアの影もある。独立記念館は「日帝とのたたかいの様子をリアルに伝えることを通じて、民族意識の高揚を図る」ことを目的にしており、日帝と闘ったユガンスンやアンジュンコンが民族の英雄であるのも当然であろう。韓国人は、被支配民族の辛酸を祖父母、両親、自分たちの時代のこととして知っており、支配者に対する抵抗の歴史こそが民族の歴史なのである。
 また、北朝鮮とは、今でも休戦状態であり、板門店に行かずとも、ソウルも国境のまちなのである。江華島の北岸は、まさに国境であり、許可なく立ち入ることはできない。
 このような国では、ナショナリズムが強くなるとともに、攻められたら組織的、非組織的武力で対抗するのは当然となろう。現実にこの国には強い徴兵制度が厳然とあり、社会も兵役帰りを高く評価するという。
 今回の旅行で近くて近い国であることを感じたが、この点では距離を感じざるを得なかった。
 僕は、自らの国が行ったことに比べればはるかに穏当な占領しか経験しておらず、その後戦争を経験してこなかった国に生まれたことを強く感謝するとともに、そうした国に生まれたからこそ、いかなる意味の暴力も否定的に考えるという意味の平和主義を深めていく必要を強く感じた。
 平和が普遍的であるためには、日本が平和であるとともに、日本以外の国に平和であるための条件が育たなければいけない。その条件づくりのお手伝いをするのは、僕たちの仕事なのだと思う。
  P1(窪田) P2(山下2-1) P3(山下2-2) P4
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