←前のページ 次のページ→   2005年1月1日  
「だれでもが幸せであるように」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西郷 重人・・・・・・
 独り暮らしの友人が入院した。通算4回目である。
 過去3回は家族がいたが、その後離婚、近くに身内がいないため依頼されて私が日常的な付き合いで世話係をやっていた。と言っても何をするでもなく、彼の部屋で勝手に酒を飲んでいただけであるが。
 普段の彼はほぼ自立できているが、いわゆる「芸術家」で身の回りのことに全く頓着しない。よって部屋はまことに汚い。「男やもめにウジがわく」というあれである。私は酔っぱらいながらも「あんた掃除しなよ」と言うことになる。
 今回暫しの留守を契機に一念発起、私は徹底的に掃除をした。(事務所に於ける私の机廻りを見ている人には信じられないだろうが私はキレイズキなのです)。但し1、2箇所わざと残して如何に私が良くやったかを示すことも忘れない。
 しかしである。淋しいのだ、ヒジョーに。
 初めのうち、まるで「隠れ家」ができたような、何処か浮いた気持ちもあったのだが、なぜか一人正座している自分がいるわけである。
 預貯金通帳や印鑑を疎開させるために、引出しの整理をしていてふと見た彼のノートには子供達と共に別れた奥さんの誕生日も記してあって、些か切ない。
 話は飛ぶが、世の多くの男性は定年が近くなると「妻と旅行でも・・」と考えるらしい。一方、妻が考える相手は圧倒的に夫以外であるという。
 まだ定年までにはそこそこ時間がある私も、ちょっとだけそんなことを考えたこともあったが、まず間違いなくこの部類に入っているんだろうなあ。
 「だれでもが幸せであるように」・・日野の憲法記念行事が長年テーマとしてきたメインスローガンです。いきいきと健康で安心して生きていくには、まず平和でなければなりません。再び戦争をする国になってはそんなことはまずどこかに吹っ飛ばされるでしょう。来年は日野市長選挙、都議会議員選挙があります。一人ひとりの意思の表明で街から国まで変えていく機会です。まなじりを決して新年を迎えたいと思います。

 →このサイトについて