←前のページ 次のページ→   2004年10月1日  
沖縄-息子と行く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西郷 重人・・・・・・
 夏休み、高校生になった末息子と沖縄へ行ってきた。一昨年に続いて2度目である。
 羽田空港での搭乗手続の際、息子は手荷物検査でひっかかった。バッグにハサミが入っていたのである。これも2度目である。
 前回のハサミは文房具で筆箱に入っていたが今回は洗面道具セットの中にあった。眉を切りそろえるためらしい。本人は断じて「化粧道具ではない」と言い張る。中学生と高校生の違いがこんなところで現れるのか、しかし何とも・・・。
 開通1周年のモノレールに初めて乗り、沿線の街の様子を初めてのアングルから眺めて新鮮であった。
 那覇はビルが多い。沖縄独特の形状の家屋は肩身の狭い思いをしているように見える。「都市化」とはこういうことなのか
 しかし、最も賑やかな国際通りでもかつてほどの人通りがなくどうも精彩がないように感じる。店舗も個人商店は減って大型店が目立つ。バス会社も一つ減った。そう言えばタクシーがやたら増えて、それはそれで便利ではあるのだが客引きが増えた(と言っても「どこまでネー、乗らんネー」と言った控えめなものでまだ救われるが)。賑やかに見えるがここも不況の波から免れないのだろう。
 必ず立ち寄る離島の民宿に今回もお世話になった。出会った頃はまだ小学生だった二代目オヤジと暫しの昔話(今回は当時の写真等も持参した)。累々たる珊瑚の死骸に海の荒廃を誰よりも知っていても、観光産業に依拠せざるを得ない彼らの葛藤が垣間見える。
 それでも「あーっ、水と空気だけで生きて行けたら俺はここで暮らしたい、ここは天国だアー」と愚かな我が息子をして言わしめる(実は私もそう思う)美しさは残っている。
 夜、ビーチに寝ころんで満天の星に感動している息子が、ロケット花火を海に飛ばした女の子達に「マジありえねー」と怒り、翌朝ゴミ拾いをしている様に来て良かったと思う。
 息子より長く深く潜って余裕を見せてもその実四苦八苦で、もう若くないことを改めて悟った旅でもあった。今回も終盤に仕事の夢を見てしまったが、足や背中の灼けた皮をポリポリむきながら次また行くときの計画を練りはじめている。

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