←前のページ 次のページ→   2003年8月1日  

5月26日午後から27日午後まで、合併問題に悩む、秋田県北秋田郡上小阿仁村を訪問した。

●【上小阿仁村のデータ】
 秋田市から車で7号線を北上し285号線で五城目町を東にすすむ。あまり高くない山間を走りトンネルを抜けると北秋田郡上小阿仁村である。車の時間はほぼ1時間半ほどであった。
面積 25,682ha(日野市の9.5倍)
  内、農用地584ha、森林24,176ha、水面・河川・水路424ha、道路 374ha、宅地101haなどとなっている。圧倒的に森林の村であるが、秋田杉の名産地と聞いて納得する。
人口 3,369人(2000国勢調査、現在の数値は以下)
  1960年の6,972人が人口のピ−クである。当時、1303世帯、1世帯あたり5.4人である。現在1127世帯、1世帯あたり3.0人。内19歳以下220人(12.20%)、65歳以上1102人(32.71%ただし最新データでは35.5%に上昇)。2025年人口予測では、2619人とさらに人口減少がつづく見込みである。
  人口の内、就業者数が1,495人であり、内農林業等第1次産業256人(17.1%)、製造業等第2次産業549人(36.7%)、サービス業等第3次産業689人(46.1%)である。
現在の人口は、明治21年の3,267人に近いので約100年前に戻っているといえる。その中でも老年人口比率が高いことが(県内2位)目立つ。
予算規模 一般会計約34億円  特別会計約29億円
  一般会計の歳入の内、村税は2億円弱、地方交付税17億円、県補助金約2.5億円、村債約5億円である。村税が約6%、地方交付税は約50%である。
  特別会計は、国保約4億円、簡易水道約5億円、老人保健約5億円、下水道事業約5億円などが主な科目である。
  1955年度以降の一般会計の決算調書を見ると、1960年代に村税収入と地方交付税の一般会計にしめる割合が逆転したようすがわかる。
●合併問題を悩む
 豊かな自然と人工林、小阿仁川の清流、田畑の風景、私たちを歓迎してくれた上小阿仁村は、悠々としていた。橋の上から見た魚影も歓迎のあいさつであったろうか。北林村長はじめみなさんの話も顔つきも落ち着いており、地に根をおろした強さを伝えてくれた。東京都とはいえ郊外であり「緑と清流のまち」を理念としている日野市でさえも、上小阿仁村に比べれば何か軽さをもつ都会のように感じさせられた。
 1960年前後まで、村の財政は、小規模ながら豊かであった。財政規模は4000万円台、村税は2000万円をこえ、その外に財産収入・木材取引税などの収入があり、地方交付税は1000万円を超える程度であった。(単位が二桁違う。)
 この時期の全国的な自治体合併問題は、この村にとって、財政的にはさして考慮する必要もなかった。
 しかし、今、村を財政面から見ると信じがたいほど脆弱な実態である。歳入合計が30億円をこえ、内村税収入は2億円弱、地方交付税は約17億円で歳入の50%をこえる。
 この中で、合併が中央政府と県から至上命令のように下ろされる。一時的にせよ合併すれば優遇措置をとり、合併しなければ財政的に困難となるばかりか自治権の制限さえ宣告される事態となっている。同郡内鷹巣町の合併批判派町長(高齢者福祉先進町政で全国的に注目されていた。)が4月町長選挙で総攻撃を受け敗北した。鷹巣町を含む4町1村の合併論は鷹巣町を中心に議論されていたのであるから、この選挙結果の上小阿仁村に対する影響は計り知れない大きさであったろう。
 しかし、私たちがお会いし話を聞いた北林村長はじめみなさんの決意は、時勢にただ流されてはいなかった。苦悩が続く日々であることを率直に語りながらも、村の自立と新しい日本の未来を語っておられた。「同じ厳しさの中で、甘い期待はもてない。みんなで力を合わせること。独立も厳しいが、目を覚まして、終始一貫この村を守りたい。新しい地方自治が新しい日本の民主主義をつくる」と。この姿勢がある限り、合併問題をどう判断するにせよ上小阿仁村の自治は貫かれるであろうと、感激して聞き入った。思わず私たちは手を握りあった。
●秋田杉の内装、上小阿仁村中学校
 いくつかの場所を見せてもらった。鉄筋コンクリート造2階建ではあるが、一歩中にはいると秋田杉をふんだんに使ったまさに木造建築であった。多目的ホールに食堂が続く大広間には、樹齢150年の村の杉が吹き抜けの2階天井までとどき堂々と立っていた。村の自然と村民の子どもたちに寄せる思いが、この柱に集約されているようだった。天井も廊下の板壁も杉である。村の誇りであり子どもたちへの深い愛情のこめられたこの校舎には、落書きが一つもなかった。
 こどもたちの英語の授業をみせてもらった。先生の流ちょうな語りかけに子どもたちが答える会話には、日本語ははさまれていない。生徒の姿ものびのびとしていた。受験があり競争を免れない子どもたちではあろう。しかし、そののびやかさに、自然と人々の愛情の中で育つ子どもたちの姿を感じた。雨漏りや落壁、汚れた校舎のなかで受験にせき立てられる都会の中学生の姿はない。わがまちの子どもたちももっと大切にされるべきだ。
●村おこしの拠点、野外生産試作センター
 285号線の上小阿仁村道の駅は、東北随一のにぎわいだそうだ。珍しいアイスクリームとカステラも売られている。食用ほうずきが入っている。甘酸っぱい独特の味は悪くない。売れ行きもかなりだという。この食用ほうずきは、村の野外生産試作センターの成果である。
 センターを案内してもらった。トラクターを運転する若者がまず目についた。行政の位置づけでは「山村地域若者定住環境整備モデル事業」である。若者がここで若干の手当を受けながら学ぶ。トラクターの若者も農家の青年でここで働きながら学ぶ一人だという。現在2人の実習生、専任の職員1人、パートの女性などで回っている。自慢の食用ほうずきの外に、山ウド、コゴミ、たらの芽など山菜栽培、べいなす、そらまめ、ズッキーニなどの野菜をつくっている。村で普及活動をし、そのために苗も安く売る。
 人件費を中心に年1500万円の予算だと言うが、「高くない」と助役の説明であった。村を興そうとする姿勢がにじみ出ていた。

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