←前のページ 次のページ→   2003年5月7日  

3月下旬、連絡をいただいて自由法曹団5月集会地方自治分科会事務局の打ち合わせに出席した。

●日野の緑地を散歩して
 休み無く働いている毎日であるが、4月6日(日曜日)は、久しぶりに近くの日野緑地を散歩した。25年ほど前に区画整理事業でできた300メートルほどの満開の桜並木を眺めた後、間もなくして112段の階段を降りると日野緑地の一角にでる。多摩川と浅川のつくった河岸段丘の緑を保全した緑地で、我が家はその上の台地ある。ここには平安時代からと伝えられる小さな古い神明社がある。3月下旬から4月のはじめにかけて特に楽しみにしているポイントである。こぶしは咲き終っていたが、広く散った花びらはまだ真っ白に地面を飾っていた。予想どおり2輪草が清楚な白い群をつくって咲き、1輪草も開花目前の大きなつぼみをふくらませていた。よく見ると浦島草もいくつも元気に顔をだして釣り糸を垂らしている。
●「緑と清流のまち」の今
 「憲法を市政に生かす」、「緑と清流のまち」という基本理念を掲げた森田革新市政は、97年4月まで24年間続いた。(私は、多くの支援をいただきながらこの年のたたかいで敗れた候補者であった。)日野緑地の花たちは、その革新市政の一つの象徴である。同時に「緑と清流のまち」という基本理念は、今でも大多数の市民の願うところであり、政権が変わっても簡単に放棄できるものではなくなっている。
 それでも、この6年間、市政は大きく変化している。談合の噂は絶えない。全国に誇っていた高齢者365日給食事業は大手民間に委託され、「まずい」といわれ大幅に需要が減った。かつて「子育ては日野で」と誇りをもって語られた公立幼稚園・公立保育園の充実施策は、今、統廃合のうきめにあっている。京王線高幡不動駅近くの医療・福祉中心施設建設予定だった広い土地は、民間マンション用地に売却されてしまい、このとき市民の声を聞く機会は設けられなかった。「市民参画」を標榜している市長であるのに。まちには、今、来年のNHK大河ドラマに便乗する新選組事業の旗がいたるところに立っている。
●「NPO法人日野・市民自治研究所」をたちあげる
 私たちは、2年前の市長選挙で大敗した。いくつもの要因があるとしても、激変する医療・福祉・教育・ごみ・環境・産業など市民生活のあらゆる分野で、政策的な遅れがあることは事実であった。ふりかえれば革新市政時代の5,6期には明らかに提起されていた問題であった。私たちは、昨年夏、「NPO法人日野・市民自治研究所」をたちあげた。まちにしっかりと足を踏んで立ち、まちから国・世界のあり方を考え、調査研究を続けようとするものである。「杉原泰雄・地方自治基礎理論講座」「地方自治法を読む」「教育基本法を読む」「都市計画研究会」「日野市財政分析研究会」等、活発に動き出している。
 生活の場・地方自治における徹底した民主主義の実践無くして、新しい日本の民主主義は生まれない。私自身の30年近い地域における市民活動と学習の一つの結論である。
●地方自治分野の交流に期待
 今回、自由法曹団5月集会で、地方自治の分科会がもたれることに大きな期待をもっている。まず、多くの団員がそれぞれの持っている地方自治とのかかわりを報告し合うだけで、互いに多くを学びあうことができるに違いない。長野の団員のみなさんの活動はどんなものだろうか、誰かきらりと光る条例づくりに関与している団員はいないだろうか、オンブズマンや住民訴訟の経験はどうか、また小さな町や村で民主主義のために心をくだき時間を割いている団員がいるのではないか。楽しみである。

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