←前のページ →次のページ   2002年8月1日  

売却された高幡医療用地の民間マンション建設計画。周辺住民の同意をおろそかにして、性急にことを進めようとしている日野市の姿勢は市民参加とは正反対。弁護士窪田之喜のレポートです。

1 医療施設用地が民間マンションに
 去る7月14日、「高幡病院用地売却問題とまちづくりを考える市民討論集会」という集まりに出席した。日野市の高幡・南部地域のちづくり拠点となるはずの重要な土地が、突然、民間マンション建設用地に変わるという。とんでもないまちこわし、と注目した。
 この土地(上図)は、前森田市長時代に、南部地域住民の圧倒的な要望に応えて南部病院用地として確保されたものであった。その後、市立総合病院が建て替えられたり全国的に医療経営の困難が増大する中で、南部地域の医療施設については、病院構想だけでなく充実した総合的診療所の構想など、再討論の必要も指摘されていた。しかし、この土地が南部地域の医療・福祉の拠点となるべき重要な土地であることにかわりはなかった。それが、急に民間に売却され13階建て200戸のマンションに変わるとは、誰もが予想しなかったことである。この抜き打ちのやり方は、馬場市長がかかげる「市民参画」とはにてもにつかぬものである。
2 周辺住民の同意を条件づけた契約
 私は一つの点に注目していた。マンション用地としてこの土地を買い受けた藤和不動産が、経営危機にある要注意会社であると報道されていた。それも重要なことであるが、私は、日野市と藤和不動産の土地売買契約の中に「まちづくり指導要綱の遵守」の1項が入れられたことに注目したのである。要綱では、建設計画に対する周辺住民の同意が必要とされているからである。三鷹市や国立市でマンション建設に対して、市当局が要綱に基づきあるいは条例をつくって規制しようとして、逆に、苦しい裁判を経験してる。法的に自治体の権限が弱いのである。
 しかし、要綱を遵守することが土地売買契約の1項に入れられたとなると状況は一変する。周辺住民の同意をマンション建設の条件とすることが、買い主たる藤和不動産と売り主たる日野市の双方に義務づけられたのである。法治国家において、誰かに何かを強制できる根拠は何か。それは、法か契約のどちらかである。マンション建設計画の周辺住民は、今回の日野市と業者の契約によって、マンション建設を自らの意思で左右することができることとなったのである。そして、周辺住民の中のかなり多数の住民が、マンション建設に反対だという。業者の一方的意思だけでなく、また、自治体の意思だけでなく、周辺住民の参加するまちづくりの貴重な経験になりうるのである。その成り行きに注目するのは当然である。
3 なんというインチキ
 ところが、周辺住民を含む自治会が、多数決でマンション建設を認める方針を打ち出して、その旨の覚書きを藤和不動産との間で結んでしまった、という事態が発生した。すると、それに呼応するように、市当局は、周辺住民の同意ではなく自治会の同意でよいとする見解を表明したという。「住民からも白紙撤回を求める声がある。重く受け止めたい。」と応えていた馬場市長は、この姿勢を崩してしまったのである。
 しかし、「周辺住民の同意」を、「周辺自治会の同意」とするすり替えは法的に認められない。自治会長は、マンション建設に同意・不同意の意見を出すことのできる「周辺住民」ではなく、建設地よりかなり離れた所の居住者だという。自治会員と同意権を持つ周辺住民とは必ずしも一致しない。自治会が多数決で賛成と言っても、同意権をもつ周辺住民のかなり多くの人々が明確に反対を表明していると言うことである。「まちづくり指導要綱を遵守する」という土地売買契約書に盛り込まれた内容を、自治会での多数決という形にすり替えることはできない。それは「まちづくり指導要綱」の骨抜きである。何と姑息で汚らしいことではないか。
 「まちづくり指導要綱」を、契約に盛り込むことで、強制力あるものにした手法を貫くべきである。それは、民間業者の意思のみの建設ではなく、さらに市当局の意思が加わるだけでもない周辺住民自身が参加してまちをつくる貴重な、市民参加型まちづくりの経験の場ともなるのである。それを全く逆に、市民参画をいいつつ、実は市民不在のマンション建設問題にしてしまおうと言うことか。堕落である。
 しかし、背信を許さない住民のたたかいは、まだまだ可能性をもっている。これからが肝心だと思う。住民意思を貫くまちづくりの好例が生まれることを期待する。

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