←前のページ 次のページ→   2003年9月1日  
★「少年犯罪凶悪化」(8月8日付朝日新聞1面)に関連して
ほんとうに増えているのか、少年の凶悪犯数
弁護士 木村 真実 
 警察庁から発表された「平成15年上半期の少年非行等の概要について」によれば、殺人や強盗などの凶悪犯が10年前の倍になったという。
●「強盗」か「恐喝」かで変わる数字
 たしかに、弁護士として少年事件に接していると、「何もそんなにひどい方法で金を盗らなくても」「何もそんなひどい方法で痛めつけなくても」と感じることがある。そして、事件を犯した少年に会って話を聞くと、「何でこの子が」と思う。どうやら「やられた人がどう思うか」という想像力が欠けているように思うのである。これは少年ばかりでなく、20代くらいの若年成人でも同様の傾向を感じる。
 しかし、「人を脅して金品を盗る」ことが凶悪犯たる強盗とされるのか、凶悪犯ではない恐喝とされるのか、は実は警察官や検察官の判断によるところが大きい(同じ事件でも警察官は強盗として、検察官は恐喝として扱うこともある)。また、「人から金品を盗ったときに傷つける」ことが凶悪犯たる強盗致傷とされるのか、窃盗と傷害とされるのかも微妙である。強盗や強盗致傷が増加している背景には、従来「恐喝」「窃盗+傷害」とされてきたものが「強盗」「強盗致傷」として立件されていることもあると言われている。
●少年による殺人事件数そのものは、5年前と同じ
 最近、少年による殺人事件が相次いで大きく報道された。これらのなかには動機や少年の語ったとされる正当化の根拠が「理解できない」ことに不安を感じる事件もある。
 しかし、少年による殺人の件数63件は5年前の同時期と同じである(「強盗」以外の各事件も増えていない)。そして、「理解できない」事件は、15年近く前のコンクリート詰め殺人事件を持ち出すまでもなく、以前からあったのである。
●犯罪を犯した少年とともに社会を作っていかなければならない
 私(木村)は、「少年犯罪の凶悪化」や「凶悪な少年犯罪」を大きく報道することは、「どう押さえ込むか」「どう排除するか」という視点の強調につながり、あまり有益ではないと考える。コンクリート詰め殺人事件のセンセーショナルな報道から15年、私たちは何を学び、何をしてきただろうか。少年犯罪は、私たちの社会が生み出したものであり、私たちは、犯罪を犯した少年とともに社会を作っていかなければならない。
 「凶悪」報道よりも、多くの具体的な事例の掘り下げ(もちろんプライバシーに配慮してではあるが)によって、私たちが少年犯罪の背景を冷静に考え、どう少年にかかわっていくか、を考えていくことが必要なのではないだろうか。少年事件被害者の救済も、そうした具体的な事例ごとに「その人」にとって本当に救済になる方法が探られなければならないと思う。
●動き始めた、弁護士会の取り組み

 現在、東京の三弁護士会では、少年が希望すれば必ず弁護士がつくような制度(全件付添人制度)の実施に向けた検討を始めており、三弁護士会多摩支部でも具体的な議論をしています。弁護士として、1人1人の少年とそれをとりまく大人にどうかかわっていくか、覚悟が問われていると思います。


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