←前のページ 次のページ→   2005年11月1日  
●続編5
弁護士 山下太郎
●「可塑性(かそせい)」
 少年法の教科書や,少年事件に携わる弁護士や関係者の間でよく使われる言葉に,「可塑性(かそせい)」という言葉がある。このことばは,一言で言えば「少年の持つ,自分の起こした行為の問題点を反省して立ち直っていける柔軟さ」といった意味である。少年は成年よりも「可塑性」に富んでいるとの認識を元に,少年法は犯罪を犯した少年,犯罪を犯す恐れのある少年などの更生に配慮した取り扱いをすることにしている。
  この間,新聞紙上等で少年の凶悪犯罪が多く取り上げられ,少年法の改正,少年に対する処分の「厳罰化」が叫ばれるようになってきている。
 私が付添人をさせていただいた少年の中にも,確かに何度も同じ過ち,また違う過ちを繰り返してしまう人がいた。しかしその一方で,少年の「可塑性」を発揮して見違えるように更生していった人がいるのもまた確かである。
 少年の起こした事件によって大切なものを奪われた被害者が存在すること,過ちを繰り返してしまう少年が存在することを考えるとき,少年に対する処分の「厳罰化」をもって対処すべきだという意見を持つ人が多くなるのも自然かもしれない。しかし,それでも少年事件に携わる関係者は,少年に接するとき,事件に接するとき,いつでも目の前の少年の「可塑性」を信じ続けなければならないと思っている。
 もちろん「可塑性」を信じるからといって,どんな事件も,どんな少年も少年院に入れてはならないなどと言うつもりはない。「可塑性」を信じることと少年院での更生を期待することは,事案によっては十分に両立するだろう。私がここで考えているのは,少年事件に携わる関係者のあり方のことである。
 たとえ裏切られたとしても,それでも信じ続けるべきである。だいたい,少年に接する関係者が「どうせまた同じことをやるのだろう」という気持ちで接してしまって,少年が自らの「可塑性」を発揮して更生することがあり得るだろうか。何度も躓きながら少しずつ立ち直っていく少年もいる。裏切られてもなおその少年の「可塑性」を信じることが,少年の更生につながるのだと思う。

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