←前のページ 次のページ→   2005年10月1日  
●続編4
弁護士 山下太郎
●「親権者」
 私たちの事務所のような,この町で暮らしている方々の身近な法律相談を多くお受けして弁護士活動をしている事務所では,家事事件,いわゆる離婚などの家庭問題の相談や事件も多い。
 そんな家事事件のひとつに,子の親権をめぐる,子の親どうしの争いがある。例えば,離婚の際に子の親権者をどちらにするのか,または離婚した夫婦の一方が,子の親権をもっている他方に対して,親権者の変更の審判を申し立てるといったものである。
 ここで「親権」とは一般に,「父母が未成年の子を社会人となるまで養育するため,子を監護教育し,子の財産を管理することを内容とする親の権利義務の総称」と言われる。ただ,親権の「権利義務」のうちの「権利」というのは,少なくとも子の監護の側面との関係ではむしろ「権限」と考えた方がよい(議論の錯綜を回避するため,ここでは財産管理の点についてはふれない)。つまり,子が幸せに,健全に成長発達していくのは,子どもの権利なのであって,親は子が幸せに,健全に成長発達していく権利を十分に保障するための権限を行使し,また義務として行使しなければならない。このような親権は,通常は子の父母がそれぞれ有しており共同して親権を有しこれを行使するのであるが,父母が離婚した等の場合には,父母のどちらかが親権を行使すべき親権者となる。
 このように考えていくと,離婚の際に父母のどちらが親権者となるべきかは,当然ではあるのだがどちらが親権という権限を行使し,義務を履行するにふさわしいのかによって決定すべきである。ここまでは,おそらく異論は余りないだろうと思う。
 これまでのこのコラムの流れで行けば,「それでは,今までろくに子どもを見てこなかった父親から,親権が欲しいとの相談を受けたときには・・・」という話になるかと思いきや,もうそのパターンはいい加減飽きたので,違う話をしたい。
 親権のうちの子の監護の側面に,権利としての性格はないのだろうか。親権者は子が幸せに健全に成長発達していく権利を十分に保障するための権限と義務を有するとしても,親権を適切に行使する限りにおいて,具体的に自らの子をどのような子に育てるかについての理想は,人それぞれである。子が幸せに健全に成長発達していく権利と抵触しない範囲においてではあるが,親権者には自らの子をどのように育てるかについて自由に決定し,育てていく自由が,単なる権限内の自由裁量の枠を越えた権利としてあるのではないか。
 例えば,国家権力が「親権者は子どもを国家の役に立つように育てなければならない」との統制をしようとしたとする。この事態に対して親権者は,子の幸せに健全に成長発達していく権利の侵害を争う事ができるとして,それ以上に子の親権者としての権利侵害を争うことができるはずであるが,それは親権者が,その権限を適切に行使する範囲内においては子を自由に監護養育する権利を有しているからではないかと思う。

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