←前のページ 次のページ→   2005年6月1日  
●連載12(最終回)
弁護士 木村 真実
●子ども屋の心構え(文中の事件はまったくのフィクションです。)
Yさん、相談のってもらっていい?
聞いてから相談を始めるなんてKさんらしくもない。
すごい抽象的で申し訳ないんだけどさあ、子どもの立場に立つっていうのはどういうことかなあ。
そうですねえ。例えば、子どもが逮捕されたときに、自分としては子どもの言っていることが信じられなくても、信じることから始めることでしょうかねえ。
でも、やっているときに「やっていない」という弁護をすることがいいことではないよねえ。
でも、信じられる大人に出会ってこなかった子にとっては、自分の言い分を信じてくれる大人がいることから何か変わったりしますよねえ。
「この大人もだませる」と思われたらどう?
だまされることをそんなに恐れることはないと思いますよ。
子どものためにはならないかもしれないけれど、だまされないように、だまされないように、って考えていたら、子どもから信用されないんじゃないですか。
話は変わるけれど、親権の争いの時に、自分の依頼者、男性でも女性でもいいんだけれど、はもちろん、相手の方も親権が欲しい、って言っている時に、子どものことをどのくらい考える?
もちろん、親権の問題は「子の福祉」の問題だっていうけど、まずは依頼者の話がベースになりますよね。
どちらかがまるで不適格、というケースはほとんどないもんねえ。
面接交渉だって同じでしょう。
そうだよねえ。子どもがはっきり意思を表明すれば別だけれど、そうでない場合には、会いたい非監護親、会わせたくない監護親の立場で発言することが多くなるよねえ。
結婚も離婚も親がするもので、子どもは被害者なのに、親の立場が強く出過ぎな気がしますね。
一つ一つのケースでは難しい判断になることは多いけれど、「子ども屋」としては、一生懸命子どもの話を聞いたり、想像力を働かせたりしながら、「子の福祉」から考えたいと思うね。
そうですね。どの子も幸せになる権利は持って生まれてきているんですもんね。

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