←前のページ 次のページ→   2003年1月31日  
●連載その8
 今回は、年初なので、少し新しいことを書きたいと思います。今まで「疑われているとおりです」、と認めた人の弁護で、と書いてきましたが、実は、「だいたい疑われているとおりですが、ここのところは違います。」という人も多く、この場合、そのことを裁判官に分かってもらうことが大切な仕事になります。
 Gさんは、友人と一緒に人を殴ってけがをさせたということで逮捕されました。会いに行くと、「けがをさせてしまったことは、本当に申し訳ないと思っています。ただ、僕はほとんど殴っていないのに、警察官は友人が『殴ったのはほとんどがGだ』と言っているぞ、と言ってそういう内容の調書を取るんです。」と言いました。こういう場合は、主にやったのはどちらか、で刑に差が出ることも多く、「2人でけがをさせた」ことには間違いないのだから、というわけにはいきません。
 また、別の事件ですが、「やったとされていることは間違いありませんが、私は、被害者と言われている人にぶつかられた上バカにされたのが悔しくてつい殴ってしまったのに、私が理由もないのに突然殴りかかったように言われています」と言う人もいます。殴ったことは悪いことでも、それに至る動機という点は裁判所でも重視され、量刑に影響するのですから、きちんと調書にしてもらう必要があります。
 こういう場合、そのときに本人が言っていることを聴き取って調書の形で残したり、それを裏付ける証拠を探したり、調書のどこが違うのかを明確にしたり、といったことをやることになります。
 悪いことを反省してもう二度とやらないようにすると言うことは刑事手続の重要な役割ですが、その役割を果たすためには「やったこと」をハッキリさせる必要があります。そのためにも弁護士は透明な壁をはさんで聞き取りを重ね、「やったこと」をハッキリさせるべく活動するのです。
 「疑われているとおりです」という人の弁護で、その人が一番関心を持つのは、どういう刑になるのか、です。僕は、どんな人でも刑が軽くなればいいとは思いませんが、他の人が同じ条件で同じことをやれば刑務所に行く期間が1年ですむのに、別の人がやったら2年になる、ということはおかしいと思います。人間はこの点でも平等だということです。

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