←前のページ 次のページ→   2002年8月1日  
●連載その2
「どうして悪い人の弁護をするのですか」。その答えのひとつが、「悪い人じゃないから」です。
 Aさんの話をしましょう(事案は変えてあります)。当番弁護士(弁護士会が提供する無料サービスの一つで、被疑者となった段階で弁護士の助けを得られるよう待機している弁護士)として初めて会ったAさんの印象は、小柄なおじさん、でした。50才でこどもが2人、仕事は公園等の掃除をしています。
 年の瀬も近づいたある日、Aさんは、通りがかりに、酔っぱらって公園に寝ていた会社員風の甲さんを起こそうと考えて「起きて下さい」とひとこと言って甲さんが持っていたカバンをゆすりました。起きたと思って家の方に向かって歩き始めたとき、突然警察官が飛び出てきて「すべて見ていましたよ」と言って呆気にとられているAさんに警察署に来るように求められました。警察署に行って「私は起こそうと思ってゆすっただけだ」と何度も言ったのですが、警察官は聞こうとしてくれませんでした。実は、Aさんには、酔っぱらって公園に寝ている人からカバンの中身を盗んだ前科が3件あり、刑務所にも行っていました。それが「今回もやっただろう」と疑われる原因になったようです。
 さて、みなさんが弁護士ならどう考えますか。
僕は、「今回は絶対盗るつもりがありませんでした。」というAさんの言葉を信じました。具体的な行動などいろいろ聞いた結果なのですが、決め手になったのは、「やっと仕事が安定してきたので、妻との離婚後田舎に住んでいる子供たちを呼び寄せて4月から一緒に住むことになっているんです」という言葉でした。捕まれば刑務所に行くことが分かっているのに、子供たちとの暮らしを捨てて捕まるようなことをするでしょうか。
 それから、毎日警察署に通って取り調べに対する対応を教えたり、励ましたりしました。Aさんは、僕が行って4日後、警察署に9泊して出てきました。僕が役に立ったのかどうかわかりませんが、AさんのがんばりがAさんに子供たちとの生活を可能にしたことは間違いありません。
4月になって、Aさんと子供たちが事務所に来たとき、本当に良かった、と思ったのでした。
 僕は、1年半の間に30人の刑事事件をやりました。
警察に行って初めてその人に会ったとき、自己紹介の後で「あなたはこういうことをやったと聞いているんだけれども、やりましたか」と訊くことにしています。 
 そのとき、「私はやっていません」と言った人が4人いました。その4人のうち、1人は20日間ほど警察署に捕まったあとで家に帰ることができました。1人は裁判が始まる前に「やったことにして被害者の人にお詫びをして刑を軽くしたい」と言いました。2人はやっていないという主張が認められずに、執行猶予付きの有罪判決を受け、うち1人は高等裁判所でたたかっています。
 警察官や検察官は、一度逮捕した人はやったに決まっているという目で見ます。
無罪だと言っている人を含めて逮捕した人を裁判にかければ100人に99人以上は有罪の判決が出ることが背景にあるのだと思います。1回逮捕された人は、やっていません、といくら主張しても、取調室の警察官にはまず分かってもらえません。むこうは「やっていません」を「やりました」と言わせることが仕事で、こちらは生まれて初めて連れてこられた取調室で緊張の極みにあるのですから。
 だからこそ、弁護士は、接見室で「僕はやっていません」と言われたら、「やっていない」から出発しなければならないのだと思います。弁護士まで「本当はやったんじゃないか」と疑うことからはじめたら誰が信じてくれるのでしょう。
 でも、きいてるうち、本当はやったのじゃないか、そう思うこともあります。そんなときは、疑問に思ったことは何でもぶつけることにしています。あなたの言い分はこうおかしいんじゃないか、また、誰々がこう言った、と言われればその人に電話をし、ここにこんなものがあった、と言われれば、電車に乗って確認に行きます。この人に会ったらこう言っていたよ、あなたが言うその場所にはあなたが言うものがなかったけど…などとぶつけるうちに、ますます本当だと確信することもあれば、実は…、となることもあります。
 裁判官は、被告人と法廷でしか会いませんし、検察官も3度くらいしか会わないことが多いのです。弁護士は、裁判官や検察官と違って、接見室で毎日でも会えます。毎日のように会っていると、嘘も本当もだんだんその人のことが分かってきます(それでもその人の人生のほんの一部ですが)。
そんなとき、弁護士でよかったな、と思うのです。

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